インタビュー
「私はモデルじゃない」マイケルの美意識、衣装デザイナーが語る
編集委員・後藤洋平
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「私はモデルじゃない。ダンサーなんだ。踊れない衣装なら脱いでしまう」
世界的ポップスター、マイケル・ジャクソン(1958~2009)は、ステージ衣装を制作する際、デザイナーにそう話していたという。
長年にわたりマイケルの衣装制作を手がけたデザイナー、マイケル・ブッシュ氏が10日、マイケルのステージ衣装などの特別展覧会が開かれた阪急うめだ本店(大阪市)で朝日新聞の取材に応じ、こう明かした。
会場でひときわ目を引いたのが、無数のライトを取り付けたジャケットだった。
1988年の「BAD」ツアーで使われた衣装で、バッテリーを含めた重さは約18キロ。バッテリーを外しても約11キロあるという。
なぜ、それほど重い衣装をつくったのか。ブッシュ氏は、マイケルが常に新しい表現を求めていたことを理由に挙げる。「彼は挑戦者でした。誰もやったことのないものをつくるために、私たちにあらゆる挑戦を求めました」
発光する衣装についても「本当に光らせることができるのか」と問いかけられたという。
挑戦が実を結んだ夜のことを、ブッシュ氏は忘れられない。初めてこの衣装を着てステージに立ったマイケルは、公演を終えると、ブッシュ氏を強く抱きしめた。その勢いで、ブッシュ氏の体が持ち上がるほどだったという。
「本当に光ったことに、彼は大喜びしていました。実現できるとは思っていなかったのです」
ただ、衣装が目立てばよいというわけではない。「彼は、自分のパフォーマンスに何が必要なのかを正確に理解していました」。例えば、「デンジャラス」ツアーで着用した金色の衣装は、装飾の揺れる動きがダンスの一部になるように作られていた。「BAD」で着用したジャケットも、衣装がマイケルの動きと同調するよう強くこだわっていたという。
「衣装は彼と一緒に動き、一緒に踊らなければならなかった」。単にスターを美しく見せるためのものではなく、マイケルの身体表現の一部であったのだ。
ブッシュ氏が85年から携わった衣装制作は、マイケル本人とデザイナーたちによる共同作業だった。「私とデニス・トンプキンス(同じく衣装デザイナー、2011年に死去)だけでつくっていたのではありません。マイケル自身が深く関わっていました」。ツアーのパンフレットでも、衣装デザイナーとして最初に記載されたのは「マイケル・ジャクソン」の名前だったという。
「私たちが衣装を持っていって『これを着て』と言うような関係ではなかった」。マイケルの希望を聞き、パフォーマンスに最適な形をともに探った。ステージ上のマイケルを象徴する衣装の数々は、本人の美意識と身体感覚から生まれた作品でもあった。
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