深掘り
倉富竜太 奥村智司
【動画】緊急出動が1千回となった第104不発弾処理隊=倉富竜太撮影
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「河原を散歩していたら、ガスボンベみたいなものがあった。もしかしたらと思い、近くの交番に届け出た」。8月中旬、長崎県大村市の河川敷で不発弾を見つけた岩永政勝さん(75)は当時を振り返った。
その日のうちに、陸上自衛隊目達原(めたばる)駐屯地(佐賀県吉野ケ里町)の第104不発弾処理隊の隊員が現場を訪れ、戦時中に米軍が投下した不発弾と判断した。長さ110センチ、幅35センチ。弾頭に信管が残っており、爆発の恐れがあった。
なぜ、戦後81年になって姿を現したのか――。大村市には1941年に第21海軍航空廠(しょう)が設置され、滑走路も設けられた。米軍は44年10月の大村大空襲をはじめ、軍事拠点とみて爆撃を繰り返しており、爆弾の一部が爆発しないまま残っていたとみられる。
戦後81年を迎えた今も、戦時中に残された不発弾の発見が絶えません。身近な場所に潜み、ある日突然あらわになる危険。戦争の遺物の処理は、なお道半ばです。
大村市の園田裕史市長は「地…
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この記事を書いた人
- 西部報道センター|論説委員補佐
- 安全保障/エネルギー/水俣病/カネミ油症
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